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61歳の親父に 「少年の心を持て」 と言われました。 いつまでたっても純粋でまっすぐなおやじには・・・ なんだかんだいって、かないません・・・。 やんちゃで向こう見ず、でも誠実でまじめな親父に乾杯。 # by dera525 | 2010-08-29 21:02
入社して2年3カ月が経ち、この研修を通じ、日頃の業務の中では自分を省みる時間を頂くことができた。特に自分や同期の発表、そして先輩方の助言を通じ、忘れかけていた初心を思い返す意味でとても有意義な時間となった。
私は当初記者志望だったが、いざ入社をしてみると販売局勤務となった。当初は、どんな業務か想像することもできず、戸惑いの連続だった。指導なんてできるのか…。2年3ヶ月を振り返ると、販売という仕事に適合することで精一杯だったように思う。 しかし、「与えられた仕事も一人前にこなせなければ、どんな部署に行っても一人前の仕事なんてできない」と思い、とにかく販売店主に会いにいき、時間をつくっては、夜の宴席にも足を運んだ。その甲斐あってか、徐々に販売店主との「繋がり」ができていった。 ただ、その「繋がり」が諸刃の刃であり、ルーティン化した仕事を行うには都合がいいが、新しいことを行うには、逆にしがらみになってしまうことを痛感した。今のままでは、ジリ貧になってしまうことが目に見えているのに、限られた時間の中でこれからの話をしたいのに、結局訪店では昔話や自慢話に終始してしまう。もちろん新たな戦略を提案できない私にも問題はあるが、せめていっしょに考える場を作っていけないのか。それは、何も販売局と販売店の関係だけに留まらず、新聞社の中にも当てはまると思う。わが社はサービスや拡材を使わず、紙面の質で勝負してきた稀にみる新聞社である。だからこそ、読者離れと新聞社側の都合でいうのではなく、新聞が読者から離れていった理由を真摯に分析し、今に適合できるような戦略を模索できないものか。 次回研修を受けるのは、15年目研修。12年9ヶ月後のことになる。そのときには、今私たちが感じている焦りや希望が原動力となり、きっと新しい業態として生まれ変わった会社になっているものと思う。そしてこれからも私たちと同じ世代の人間が斜陽産業といわれるこの新聞業界に入った意味を確かめていきたい。 # by dera525 | 2010-08-01 11:22
販売局勤務になり早いもので、二年が経とうとしています。この間、いろんな叱咤激励もありつつ、自分の仕事とはなんなのかなと深く考えさせられます。新入社員で、入社したとたん、相手にするのは自分のとーちゃんと同い年のもうすぐ六十歳になりそうな人ばかり。自分の情熱と施策が足りなかったのか、新しいことをしたいと言えば、却下されたことが多かった。逃げているわけではないけれど、振り返るとまずは現状を知ろうとしすぎて、何もできなかったというのが本当の気持ちであります。
ただ、こんな新聞業界が厳しい時だからこそ、自分しかできないことがあるんだと、思わずにおれないとこがある、それが事実でもあります。なにもせず、このまま指をくわえたまま、現状に甘んじているのはもどかしくてしかたがない。 誤解を恐れずにいうと、まだまだ読者のニーズに答えられていないことが多々あるとです。いままで販売店任せにしていた小さな改善点を掘り起こし、実行すること。かなり観念的で伝わりにくいこともありますが、それさえもできてない。 先日畑仲さんという、新聞の危機を訴えられた著書を書かれた方とお話する機会があった。その後何度がメールでやりとりするなか 「業界のことなんてどうでもいい。本当に考えなけらばならないことは、佐賀がどうすれば、今以上にいいところになるのかです。まずは、そこから出発しなければいけないのではないですか」というようなメッセージをいただいた。本当にそうだと思う。われわれ、営業部門にいると、まず予算だ、売り上げだといって、数字が話題にあがることが多い。それは企業である以上いたしかたない。でも、それ以上に大事なことは、自分の住む地域を如何によりよいところにするか・・・、議論をするきっかけを作ることにあると思う。そこに新聞の役割が重要になってくるなんておこがましいことはいわない。ただ、その一助さえできればというのが、本当の気持ちである。 ものすごく抽象的な話だったが、それに向かい今できることをを潰していきます。自分への自戒を込めて。 # by dera525 | 2010-02-10 23:14
次にどうしたいかを腐れずに諦めず考えたいと思ったときに、同じことを考え呑める人がそばにいるということは本当に幸せなことだ。その相手は、年齢性別を問わないことがほとんどだと思う。
できることなら、、呑むとき以外も、次にやりたいことをつきあわせ、なぜやりたいことができないのかを話し合い、できる方法を探りたい。でも、私は口下手だ。 ただ、そんな自分でも、呑みの場だけで終わらせないように、ちゃんとした企画を会議の場で提案したいと思っている。呑むときだけで、この場だけで終わらせないためにも、何とか今の気持ちを具体化したい。 そう思い今日の呑みは終了。でも、今日得たヒントは携帯の新規メッセージに誰にも送らないけどとってある。それは、明日の自分へのメール。はははっー、ちょっとしたタイムカプセルだな、そんな風に昔話にするのはいやなので、明日見返してどうやったらいいのか考えようと思っている。 # by dera525 | 2010-02-05 00:13
海外での新聞衰退の声が喧しい。その余波は、確実に日本にも押し寄せている。販売現場にいるとその余波が津波のように激しくうち押し寄せているのがわかる。
でもどうして、編集はその波に無関心でいられるのか。昨日は、阪神大震災から15年目。その日のテレビや新聞を見てみると、1月17日を忘れないよう、なぜ地震を予測できなかったか、その悔しさを前面に押し出した番組が多かった。特にNHKのNスペでは、科学の発展と技術の進歩を後悔しながら、そのもどかしさとそこから生まれる可能性に重点をl置き報道をしていたと思う。 私たちの住む小さな県の小さな新聞社の最大の武器は、洗剤でもなくビール券でもなく、発行する記事の中身である。ただ、その武器さえも十分に使えていないのが現状である。そこに住む人しか知らない祭りを記事にしたり、その地区にしかない特産物の生育状況も伝える。でも、その記事もちゃんと載せれず、他紙に書かれその記事を販促に使われる、それが現状である。これでは、自分たちの身に起こるであろう直下型の大地震の認識さえできないことは明らかだ。今を伝え、その需要に応えるのが我々の仕事。特にこのような小さな新聞社の生命線は、地元テレビ局にも放映されず、YAHOOニュースにもヒットしない、小さな小さな情報をいかに伝えるかにかかっている。ジャーナリズムと声高に叫びながら、地ネタさえも十分に載せられず、いまの記者クラブなどの報道システムが無くなったあとの世界さえも描けない。それが、販売現場から編集をみた現状だ。これでは「震災」の二の舞である。何事も起こったあとでは遅い。その大惨事を起こさないために、我々は、若い連中は会社にいる…。そう思いたい。非常におこがましいが、それが自分らの仕事だと思っている。 その次の世界を描けられなければ、それは怠慢でしかないと思う。 もちろん販売現場にも問題がないわけではない。それは、重々感じている。でも、現在のように新聞が陥った原因を検証し、これからどのよう会社を進めていくのか、その余地と可能性ははまだあると思っている。それを信じ仕事をしていきたい。自分たちと同じ世代の同期が、なぜ新聞業界という斜陽産業に入ったのか、その意味を確かめていきたい。 # by dera525 | 2010-01-18 23:11
![]() 昨日、面白いことを会社の先輩から教わった。 (幸)せっちゅう漢字。 気がつきゃー、逆さまにしても同じ(幸)せってちゅう漢字になるよ~。 どー逆さまに転んでも(幸)せになれるっちこったいな~! (幸)の漢字の成り立ちが実際と直でつながってるわけでもないんだけど、 なるほど面白いもんだ。 # by dera525 | 2008-09-20 00:01
車はいりません!!
今日は、久しぶりに地元の友人2人とちゃりんこに乗ってきました。 ちょっとそこまでのつもりが、久留米まで足を伸ばしてしまった。 でも、ちゃりんこといっても、ままちゃりとかではなく、クロスバイクというやつ。 結構値段もするらしく(ウン十万・・・・)、自分には、そんなマニーはないので、親父のを借りていってきました。 道中、車で通り過ぎるだけでは、感じられない地元らしさを感じ、新しい発見がかなりありました。 これから物書きを志望する上で、五感を鍛える作業の大切さを、ちゃりんこを通して再確認できたような気がしました。 仕事はじめたんだから、車もって一人前だとかいう、風潮はあるかもしれんけど(それが、結婚して、家つくってってどんどん、一人前の定義は変わってくるのはあること・・)、 それを敢えて、くつがえします。 だから車は、いりません!!! 必要だったら、親父のかります・・・・笑 # by dera525 | 2008-06-29 18:10
「地車で死んだら、棺抱えて街中を練り歩くんよ。それが葬式みたいなもんやな。」そうYは笑って話した。しかし、その目は、祭に対する愛着とも迷いとも言えない表情を浮かべていた。
10月6日。今日は堺市の草部地区に地車(だんじり)を引きに行った。友人で青年団員のYに、引き手が足りないということで誘われたのだ。今年は去年に引き続き二回目。アルバイトの都合もついたので2日間の全日程に参加することができた。 地車というと岸和田を思い浮かべる人も多いだろう。しかしここ泉州地域では、集落ごとに結成された青年団が中心となって、あちこちで地車祭が開催されている。その中でも岸和田が唯一観光化に成功した例だ。 そんな地車祭では、毎年一人は死人が出る。それはここ草部地区も例外ではない。去年は、予行練習中に亡くなった方へ黙祷を捧げる儀式を皮切りに祭がスタートした。今年は一体どうなるのだろうか。 「そうりゃ、そうりゃ。」引き手のかけ声が笛や太鼓の鳴り物と共にこだまする。その音は、暗夜の中に、一筋の光を灯し続けているようだ。時間は午後9時。昨日の朝5時から始まった祭は、フィナーレを迎えていた。1日目は夜12時に解散し、今日は朝5時に集合。彼是10時間以上地車を引いている。総勢50人の引き手は、青年団の一部を除き皆疲れ果て、その場に漂っているかのようだ。そんな引き手の横には団扇を使い応援する青年団の幹部が併走する。中には、祭に対する想いが強いのか、楽をしている引き手を見つけると、縄から引き離し殴りかかる幹部もいた。皆が一様に祭に対する士気を保とうと必死だった。 そのうち、「遣り回し」という祭最大の見せ場に差し掛かった。ここでは、いかに曲がり角を素早く駆け抜けたかが成否の鍵となる。幹部たちは「オレらこの一瞬の為に一年間やってきたんやぞ」と引き手を鼓舞する。この最後の遣り回しによって今年の「でき」が決まるらしい。 交差点の入り口に地車を移動させ、進行方向に向かって隊列を作る。引き手が力を込め姿勢を低く保つと、周りの音が全て消え、心臓の鼓動だけが響いてくる。その瞬間、合図の笛がけたたましく鳴った。奇声や呻き声ともつかぬ振幅の音を発し、50人が一斉に交差点の外へとなだれ込む。綱元のいた私は縄に振り回されそうになった。それでもとにかく走り回った。徐々に意識が遠のく。そして静寂が訪れる。しかしその度に何かの糸が切れたように、今までの自分がリセットされ、新しいステージに立った心地になった。気が付くと、先に出発した地車に追いついていた。 正直言って、どうして青年団員が地車にこれほど命を掛けられるのかわからない。確かに、肉体的な限界を精神が超越した時に感じる気持ち良さは、何モノにも代え難い。「遣り回し」という一つのことに打ち込む潔さには、敬服の念さえ感じる。この祭には、参加者を魅了する何かがあるのだ。ただ、これからも死人を出すだろうし、それによって悲しみに暮れる人も出てくるだろう。それこそ「後の祭り」である。しかし、彼らは祭りを止めようとはしない。それどころかこれからも続いていくだろう。もしかして、死を考えること自体彼らにとって意味のないことなのかもしれない。それが伝統という、ただ続いてきたということにのみに価値を見出すならば。 どうやら、今年の祭は死人を出さずに終わったようだ。目前では、青年団を讃えるため胴上げが行われている。その中心では、押し合いへし合い揉みくちゃになりながら、祭の成功を祝っていた。私はそれでもYに聞きたくなった。「祭で死んだらどうするのか。」 # by dera525 | 2007-11-08 22:19
石鹸がなくなった・・・。のに風呂場で気付いた・
と思ったら、隣にあったボトルの中に 夏に熱くて奮発して買った、 クールタイプのヤツがの残ってるではないか。 おおーナイスと思って使ったが 後が大変。 クソ寒い。 # by dera525 | 2007-11-03 01:18
先日バイト帰りの途中、案の定捕まった。
隣の立ちのみ屋で、うちの常連さんに。 とりあえず、なんでもいいから飲みやと。 そこにあった、誰のかしらないのみかけのチューハイライムを あおってると、うちのチーフとマスターも登場。 隣の立ちのみ屋で、今日の二次お疲れさん会をしました。 でも、常連さんは上機嫌ではなしまくるは、気付くと1時をすぎていました。 マスターもチーフもいつの間にか帰ってしまい、常連さんと2人歌を歌いながら帰りました。 その人は近所の花屋さんで近くまで送ると、 これほしいんか?と、サボテンを2つくれました。 無精なお前やから、水なしで育つようになー まぁ、お前もどうせこんなんやろーからな。 実家の庭にでも植えりーや!これはお前じゃ、と なるほど、確かに互いに酔っ払いって、わけわからん状態やった。 でも嬉しいかったね。 水はなくとも勝手に育つ。 ありすぎても腐るだけ。 水とは何だろう。 勝手にとは何だろう。 育つとは何だろう。 腐るとは何だろう。 このサボテンは実家の庭でどう育っていくんやろうか。 # by dera525 | 2007-10-23 01:46
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